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コラム:英国人が見た平成日本、偉業を誇らない不思議=コリン・ジョイス氏 2019/03/20

1朝一から閉店までφ ★ [US]
AAS
2019年3月20日 / 18:55 / 16時間前更新
コリン・ジョイス  ジャーナリスト

[東京 21日] - 日本を定期的に訪れている筆者は数年前、都内に「上野東京ライン」という新しいJRの路線ができたことに気がついた。上野駅と東京駅はすでに結ばれていなかったか。そう思い、やや困惑した。

なるほど、それは都心を走り抜け、5つの都県を一度も乗り換えることなく縦断できる路線であることが分かった。複数の路線を結ぶ難しい事業を見事に成し遂げたことで、乗客の利便性は高まり、世界最先端の日本の公共交通はさらに良くなった。

南北270キロメートルにも及ぶ鉄道路線の名称に、徒歩で行き来できる都心の2つの駅名を使うのは、かなり控え目なことに思えた。しかし、それこそ日本人が自分たちの大きな業績を正しく評価しない、「平成」という時代の典型だった。

<平成で成長した日本サッカー>

同世代の日本人と違い、筆者は平成以外の日本を知らない。1992年に英国から来た私には、バブルの記憶も、昭和への郷愁もない。平成時代に対して日本人の多くが抱く「停滞」さらに言えば「後退の時代」という見方を理解しつつも、自分でそう感じることはなかった。私は、自分が出会ったこの国に深く感銘を受け、特筆すべき改善する力や、遅れを巻き返す能力に目を見張っていた。

後者の例として挙げられるのはサッカーだ。私が学生として神戸に初来日した当時、日本はサッカーの「へき地」だった。しかし、1993年のJリーグ発足は日本を強豪国へと押し上げた。日本代表は実力をつけ、国内リーグの人気は高い。スタジアムは素晴らしく、サポーター層も磐石。欧州に渡ってトップリーグでプレーできるようになった選手もいる。

関西を代表するクラブチームといえば「ガンバ大阪」。1993年当時、そう思っていたことを覚えている。大阪にもう1つ、さらに神戸、京都にもクラブができる余地があるなど想像もしなかった。これはすべて一世代の間に起きたことだ。おっと、2002年に日韓が共催したワールドカップ(W杯)の成功に言及し忘れるところだった。

<複雑な直通運転の謎>

日本について語り出すと、申し訳ないが鉄道の話が止まらなくなる。運賃が高く、時刻表は当てにならず、腹立たしいほど遅れがちで、運休することもある(そして休暇シーズンには代行バスに切り替わる)英国に比べ、日本の鉄道の旅がどんなに素晴らしいか、皆に伝えたくて仕方がない。

来日当時、この国の鉄道システムはすでに十分素晴らしかった。北は盛岡、南は博多までしか新幹線が延びていないのは当然のことと受け入れていた。日本の大部分がカバーされていると感じたし、そこから先に行きたければ、特急列車に乗り換えるか、最初から飛行機を利用すればいいと考えていた。


都内を電車で移動するにも、JR山手線を乗り降りして私鉄のターミナル駅間を行き来するのをわずらわしいと思ったことはなかった(何しろ山手線は3分おきにやってくる恐るべき電車だ)。

しかし、そこに「上野東京ライン」が登場した。他にも直通運転の路線が増えた。電車に乗ったら途中で別の会社が運行する路線に変わり、その先はおそらくまた別の会社が運行している。技術的な問題をどう解決したのかは言うまでもなく、運賃をどう分け合っているのか、どの会社が運転手に給料を払っているのか、私にはまったく見当もつかない。

<1つではなかった本州と四国を結ぶ橋>

<「平成日本」は総じて安定>
     ===== 後略 =====
全文は下記URLで

https://jp.reuters.com/article/opinion-colin-joyce-idJPKCN1R10VI?feedType=RSS&feedName=topNews&utm_source=feedburner&utm_medium=feed&utm_campaign=Feed%3A+reuters%2FJPTopNews+%28News+%2F+JP+%2F+Top+News%29

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