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【脳梗塞から奇跡の生還!】日垣隆★131

1名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]
AAS
前スレ
日垣隆★130 [転載禁止]©2ch.net
wc2014.2ch.net

2016/01/01(金)12:14:18.63(9cEaAoK3.net)


883名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

 多くの悲惨な形で生き残った者たちと同様な、最初の日(昨年11月25日)から2週間
あまりは、全身が麻痺していることにも気づかなかった。病名は米国で cerebral infarction
といわれ、日本では脳梗塞と診断され続けたのだが、ある時期から脳梗塞という、もともと
人並みには知っていた病名を、自分で言う努力をし続けて実を結ぶまでに39日を要した。
私より重い言語中枢木っ端微塵派も2〜3週間でいくつもの単語を口にするようにはなる。
私は脳梗塞という病名すら39日間にわたり、1度も言えなかったのだ。いまでは(認知症
でも発症しない限り)絶対に忘れない。

 私の言語、筋肉や関節、記憶、感覚の多くが、脳との関係で失われた。壊死(えし)した
脳部は2度と回復しないと例外なく報告されてもいる。では、なぜ、重篤な機能障害を起こ
した患者でも、言語、筋肉や関節、記憶、感覚を努力とリハビリによって、かなり取り戻す
ことが可能なのか?

 いったん脳のある部分が破壊されると(死なない程度にね)、普段は機能していないもの
の、「いざ鎌倉」という非常事態に例の2〜3週間後から動き始める「裏の装置」があるはず
だ、と思える。そういう非常装置を仮定しなければ、話ができなくなった私が今年2月6日
にマイクを通して1時間の講演を(聴く方々が苦労したと推測されるけれども)敢行した
り、来たる2月27日に公開対談をめざしてきた――ちなみに、講演と対談では脳の使い方
が全く違うことに、脳梗塞になって初めて気がついた――ことも、説明がつかない。

 私の場合は失語症に加えて、錯誤症(言いたいことがやっと口に出ても違う言葉になる)、
聴覚的理解障害(錯誤症がアウトプットの障害であるのに対し、こちらはインプットで似た
ようなことが起きる)、さらに記憶障害まで怒涛のごとく攻めいってきた。私のカルテに明
記されているそれらの諸症状を前に、完敗な気がしないでもない。これら高次大脳機能障害
にプラスして、身体麻痺による発声発音障害までプレゼントされたのである。

 それだけではない。麻痺は頭部全体にもオマケ(なのか?)でついてきたうえ、発症当日
から米国グアム準州の海軍病院スタッフが、繰り返し萎縮していく私の舌を外に向けて引
っ張り出し続けてくれたおかげで、現在おしゃべりを楽しめるようになりつつあるものの、
いまなお舌の麻痺も治っていない。意外に苦労しているのですよ。出るか2月27日の奇跡?

2016/02/21(日)12:31:25.78(L9Mx7UxU.net)


884名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

 NHKの名アナウンサーだった酒豪の山川静夫さん――古典芸能の造詣ふかく、科学から
クイズ番組まで広範囲におよび、「紅白歌合戦」の総合司会を務めた、いわば当時はまさに
NHKの顔だった――も脳梗塞になり、幸い身体の麻痺は極小だった(ほとんどなかった)
けれども、言語中枢をやられたため、やはり話せなくなった。日本の医学界やリハビリ界で
は「日常会話が話せる」が目標なので、山川さんのフリーアナウンサーや講演者としての再
登場は、話す言葉をいったん失った脳梗塞患者の希望の星である。

 このような事実を踏まえると、私の仮説は、まんざらでもないはずだ。いや、それ以外ど
う仮定すれば良いのか。調べてみると、やはりこう考えるのが合理的、とする臨床家や学者
もいるではないか。別の仮説は見当たらない。バカなのかな。俺たち患者もバカだけどさ。
今朝は、特殊な装備をして歩く訓練に行く際、毎度部屋まで迎えに来てくれるコーチと話し
ているうちに「同時に2つのことをやるのか困難」な状況下、コーチが笑ってはいけないと
ころで耐えがたいようであった。吹き出しているのである。「日垣さ〜ん。左手に――(笑)」
と。私は歩行練習用のステッキを持ったつもりなのに、握っていたのは長い靴ベラでありましたよ。

 そうそう、専門家の仮説として、まさにこんなものを見つけた。

「大脳には、通常は機能していないが、いったん障害を受けると働き始める隠れたシステム
があるのではないかと考えるのはどうであろうか」(『脳が言葉を取り戻すとき――失語症
のカルテから』NHKブックス。二人の著者は失語症などの高次大脳機能障害の医師)
 おもしろい分野でありますね。

 さて、たとえば私は、いつから話せるようになったのか――。
 エピソードを参考にしていただこう。12月9日の夜だった。家族が帰ったあと、メール
も当然できていなかったころだが、終戦直後のイラクやらキューバ旅行やらを楽しんでき
た同世代の鈴木さんを病室に迎え、2時間の会話がごく普通に成立していることを私は疑わなかった。

 年をまたいだ1月28日には、音読や会話の猛特訓ゆえ、電話でもなんとか話が通じるよ
うになっており、鈴木さんに念のため昨年12月9日夜の出来事と正直な感想を教えてほし
い、とお願いする。要旨(要旨ね)は、こうであった。
[全て表示]

2016/02/21(日)12:32:13.77(L9Mx7UxU.net)


885名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

>>881
医療画像の撮影の仕方・画像の構成方法には共通の作法がありまして、
これは、今日では、病院や国が違っても基本的なことは共有されています。
で、脳や胴体のCTやMRは、脳や胴体を輪切りにした断面を
股下からのぞき上げたような見え方になるように画像を構成するのが一般的です
(というか、特別な注釈がない限りはそれ以外の方法で画像構成はしません)。
だから、脳や胴体のCTやMR画像の向かって右側は御本人の左側になるので、
>>857
>>860
の画像では、左半球に病変があることになるのです。

ただし、この画像が、脳神経外科の専門病院で撮像されていたとすれば
(脳神経外科の専門病院のサイトからパクってきたというのであれば)、
画像の向かって右側が御本人の右側になるような画像構成をされている可能性が
わずかにあります(20年ほど前まではそういうことがありました。
なぜなら、脳神経外科医は、頭を開いて、頭を上から見下ろして手術することを前提に
CTやMRを撮っている訳ですから、
当然頭を上から見下ろすような見え方をする画像を構成した方が都合がいいわけです)。

ただ、今日では、特別な注釈がない限りは、
>>857
>>860
の画像では、左半球に病変があると解釈すべきなのです。

2016/02/21(日)12:40:03.75(Cq1EnOLG.net)


886名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

>>885
>股下からのぞき上げたような見え方になるように画像を構成するのが一般的です
あぁ。なるほど、上下(というか体の前後)どっちかな?と思って目玉が写っている
のがどっちか確認したけど、俺の思っていたのとは裏表が逆なのね。
俺は、頭上から見下ろす方角しか考えて無かった。勉強になるね。
ありがとう。

話かわるけど、前のコメントの段階で504KBって表示されてるから、また、そろそろ
書き込めなくなるな。(確か、512KBまで)

2016/02/21(日)13:25:51.86(qLYeJxq3.net)


887名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

2月6日の登壇を2ヶ月ぶりの登壇だと口を滑らせた事は
覚えてないのかな?

嘘がほころび始めていることに気づけよ。

2016/02/21(日)16:15:47.64(Ybt2T+IF.net)


888名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

>>886
》俺の思っていたのとは裏表が逆なのね。
そういうことですね。
勿論、目玉(胴体なら、腹・臍)は画面の上方に、
後頭部(胴体なら、背中・尻)は画面の下方に来るように構成されます。
為念。
老婆心。

2016/02/21(日)17:33:21.53(Cq1EnOLG.net)


889名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

「ガッキィファイター」2016年2月21日号
                         

■目次■
□今週のコメント
 ◆どのように私は書いているのか



■■今週のコメント■■

★どのように私は書いているのか★━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

 日本人は世界で最も利き腕が右である率が高い。遺伝子上では左利きでも、少なくとも平
安時代から、後天的に「右」に変える国柄だった。

 先天的にも右利きである私はいま、たとえば食事にものすごく多くの時間を費やしてい
る。中世の王侯貴族はもっと時間をかけていたらしいが、1日3食という前提ではない。そ
もそも私は貴族でもなければ、中世に生まれていたらごく普通に23歳ころ死んでいただろ
う。意味のない推測であった。

 相対的にも、肉体的にも、箸(はし)は左手に頼るしかなく、スプーンさえも右では持て
ない。あと1カ月もすればもっと右手を使えるはずだが、どうやら利き腕の座は、左に譲ら
ねばならない情勢である。脳卒中業界用語では「利き手変換」というらしいが、どうでもよ
ろしい。私が非常に気がかりなのは、全国トップといわれるこの病棟で、スマホを使ってい
るのは、私が割り振られている35名ほどの入院患者グループのうち2人しかいないことだ。

 病院側にも時代錯誤が8日前まであった。言語療法というリハビリは(たいてい「話せて
いない」「歩けていない」「書けない」などの)自覚なき我々には不可欠だけれども、あくま
で手段にすぎない。うまくしゃべれるようになってから友達や同僚と話す、という患者が本
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2016/02/21(日)22:08:02.85(L9Mx7UxU.net)


890名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

 要するに本末転倒であり、そんな日は永遠に来ない。言語中枢をやられた多くの入院患者
が、電話やメールでのコミュニケーションを回復向上させるためにも、ネット環境を至便に
する義務がある。私は Wi-Fiルーターを最初の日(昨年12月11日)から部屋に入れた―
―当時の私はそんなことに気が回る状態ではなかったので、正確には家族がレンタルして
くれた――。8日前から、ようやく全階全室でネットや電話が繋がるようになったのは、ご愛嬌か。

 私の言語障害は醜悪であり、メール文ですら、どれだけ酷かったかなどは、2月9日配信
号で詳しく述べた。

《海軍病院での3日目。状況はもちろん理解していない。せめて家族や親友やスタッフだ
けには、帰国が遅れていることを伝えたかった。

 一例。
「にほをゎ」

 これをiPhoneのLINEメッセージで入力するのに、10分もかかっている。少し不正確
な日本語だという気もしたけれど、まあ意味が通ればいいや。意味は通じる、と確信してい
るところが重症かつかわいいところである》などなど――(第537-2号)。

 どの病院のプロたちからも、「それだけは諦めましょう」と断じられても、プロとして書
くことを諦めたら自分ではなくなる。生きていく支えが消えることになってしまう。ギャン
ブルだけで食えてきたものの、そういう問題ではない。

 一連の努力の逆転的経過は、皆さん良くご存知でいらっしゃる、と思う。質問のなかで最
も多いのは、メルマガの「脳梗塞日誌」に登場する「私」と、それを書いている「私」が、
どうにも繋がらない――というものだ。本人が書いていないのではないか、という疑惑では
ない。少しはあるのかな。いずれにせよ、この疑問や混乱はもっともなことだ。私だって誰
かに教えてもらいたい。

2016/02/21(日)22:09:02.71(L9Mx7UxU.net)


891名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

 私独特の文体がある。スタッフはみな優秀であり、各自の文章もうまいことと、私の代わ
りに書けるかという問題とは全く次元が異なる、当然のことながら。

 幸いなことにメルマガは、途切れていない。危機的、というか、絶望的な状況のなかで、
スタッフが11月25日〜12月18日まで工夫して配信してくれたのは確かである。そのと
きは、日垣隆全文責任執筆という冒頭の一文は消えている。
 当時は「書く力だけ取り戻せれば、すべての障害を受け入れる覚悟はできている」と何人
もの医師に明言し、または懇願したのに、軽くあしらわれていた“時代”だ。あとはどうで
もいい、という意味ではない。圧倒的筆頭のプライオリティ(優先順位)が「書く」ことに
あるという意味以外のものではない。ついでながら、いまでも彼ら(ナースやコーチを除く)
は私が書けていることを知らないか、知っていて認めないか、脳梗塞患者にありがちな妄想
と思っているかのいずれかだ。別に構いませんが。

 私が書き始めた12月19日配信号からしばらくは、かなり弱っていたけれども動きもし
ない利き腕(当時)より頼りにはなる、というか選択肢が他にない左手で、ノート(アプリ
のnoteではなく、コクヨのノートね)に、句読点の位置まで私の文体が崩れぬよう、脳梗
塞患者なりに精一杯熟慮した原稿を、電話(主にLINEの音声通話)で編集室に伝えてい
た。問題は三つあった。

 一つは、手書き原稿の文字がしばしば自分で読めないこと。笑ってもいられないので、電
話の最中に別の文章に置き換えた。

 第二に、編集配信スタッフが優しかった。私の発音に大きな問題があることは聞き及んで
いたので(自覚、というのとは違うのだよなあ)、聴き取れない箇所は訊いてね、といって
おいたのだか、おそらくその箇所が当初は多すぎた。

 三つ目の著者―編集―配信というリレー問題は、12月25日に解決した。めでたい。もと
もとPC入力が速くて正確な編集配信スタッフは、私の原稿を一字一句もらさず書きとめる
ため、初期には手でやっていたことに気づき、得意なキーボードに変えてもらったのである。

[全て表示]

2016/02/21(日)22:09:41.52(L9Mx7UxU.net)


892名無しさん@お腹いっぱい。 [sage]

AAS

NG

 発症前の私は、あらゆる種類のメールやらFB(フェイスブック)や株やFXもすべて
iPhoneでやっていたのである、右手で。原稿だけは、29年間すべてをキーボードで書いて
きた。そのスピードと比べれば、ひどく落ちるものの、12月19日以来、1日1時間程度の
作業になる。もちろん、まとまった1時間など、リハビリ15時間を自分に課しているここ
にはない。同時に、入院中にタイムリーな原稿が発せられ続けた物書きの例はない。深淵に
してユーモラスな人々との日々を、その日にその現場から書き残す意味はある――と確信する。

 ちなみに、この原稿に関していえば、6:31〜6:45、10:31〜10:45、14:10〜14:25、15:35
〜15:59に書いた。
 ボロボロになったこの身体で、どうやって原稿を書いているのか、を語ることが一般に役
立つものではないかとは思う。が、「知的生産の技術」の延長線上、つまり極限ではあると
は考えられたゆえに、昨日の話す力を取り戻す件に続き、「今週のコメント」で振り返って
みることにした次第――。

 私の諸症状ゆえに、我がノートの原稿と違う箇所が少なからずあったり、読点(とうてん、
「、」のことね)が抜けていたりもし、文末が不本意に連続(だ、が2度も続くなど)した。
 その点は、配信直前(著者校正までは私がし、編集者校閲校正をしてもらったもの)の最
終稿を、私のPCに送ってもらい、それを見ながら、麻痺している耳にイヤフォンをさして、
失語症やら麻痺も残る私の口から「ここはこう直してください」というふうに最終段階を仕
上げていた時期もあり、最終校正もLINEのメッセージで送信していた時期もあるし、文
章を全部そのまま完成形で話し続けたときもある。

 いまの形――全文をiPhoneのLINEで完成文を送る形――になった2月1日以前、最
も苦心したのは、脳卒中(脳梗塞)の後遺症としてよく知られている、「集中できない」問
題であった。発作前なら、すべての文章を覚えていた。それが、たとえば補足する文章を適
宜挿入したのはいいとしても、その一文前を思い出せないことが多くあった。いまは、そうではない。

 ここまでこれたことに深く感謝したい。読み手と、送り手の全員に対して――。心より。

 誤解はないと思うけれども、書いている時間帯に、その作業が止まったことは一度もない
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2016/02/21(日)22:10:14.93(L9Mx7UxU.net)

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